戦後日本のおもな政権

吉田茂;サンフランシスコ講和会議で、西側諸国と講和を締結(単独講和)
    日米安全保障条約を締結し
て、軍事はアメリカに依存することとし、通商国家路線を打ち出した。

鳩山一郎;吉田との対立から、中ソの重視と再軍備のための憲法改正を方針とした。日ソ共同宣言で国交を
回復し、国連加盟を実現した。 岸信介;日米安保条約を改定し、アメリカの日本防衛義務の明文化、軍事行動の際の事前協議制などを盛り込んだ。安保反対闘争で辞任した。

池田勇人;「所得倍増計画」を打ち出し、高度成長の基礎を築いた。
OECD(経済協力開発機構)に加盟し、
先進国の仲間入りを果たす。

佐藤栄作;日韓基本条約を締結し、韓国との外交関係を樹立。沖縄返還を実現。
同時に日米繊維摩擦で繊維輸出の自主規制を進めた。ノーベル平和賞受賞。

田中角栄;日中共同宣言で、日中関係を正常化。


福田赳夫;日中平和友好条約で正式に国交を開き、台湾とは国交断絶。


中曽根康弘;行政改革・財政改革・教育改革を積極的に推進。


【過去問】
戦後のわが国の外交に関する次の記述のうち、誤っているものはどれか。【市役所;1990】


1.吉田茂政権下の昭和26年、サンフランシスコ講和条約と日米安全保障条約が結ばれた。

2.岸信介政権下の昭和35年、日米安全保障条約が改正された。

3.池田勇人政権下の昭和40年、日ソ共同宣言が出された。

4.佐藤栄作政権下の昭和46年、沖縄返還協定が結ばれた。

5.福田赳夫政権下の昭和53年、日中平和友好条約が結ばれた。



【解答】
 正答 3



【過去問】

次の記述に当てはまる兄弟政治家はだれとだれか。【地上;1998】


兄は、東京帝国大学法学部を卒業した後、農商務省に入省し、革新官僚として活躍した。また、第二次世界大戦時には商工大臣を務めた。戦後は一時戦犯に指定され逮捕されたが、その後釈放され、1953年、自由党から衆議院議員に当選して政界に復帰した。54年11月、鳩山一郎らと日本民主党を結成して幹事長となり、翌年保守合同を推進して結成された自由民主党幹事長となった。

弟は鉄道省に入省し、大阪鉄道局長として敗戦を迎えた。第2次吉田茂内閣で、議席がないにもかかわらず、官房長官に抜てきされるという異例な処遇を受けたのが直接のきっかけで、政界に転出する。それから16年後に首相に就任し、「いざなぎ景気」や沖縄返還を実現するという外交交渉の成果にも恵まれ、7年8か月に及ぶ首相在任記録を立てた。「待ちの政治」といわれる。政治姿勢や、巧妙な人事操作がマスコミの評判となった。


1.岸信介と池田勇人

2.池田勇人と大平正芳

3.岸信介と佐藤栄作

4.佐藤栄作と福田赳夫

5.大平正芳と福田赳夫

 


【解答】
 正答 3

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